20代の時なにしてた?―あの人の個々ルーツ―④

20代、落ちたアルバイト面接は300社以上。そんなどん底を経験したからこそ見える今がある。ニューハーフの自分、そして今の仕事も大好き。


お金がたくさんあるとか肩書きがどうとか興味はないけど、自分の仕事と人生を楽しんでいる人ってかっこいい。でも、待てよ。社会人デビューの頃はどうだったのかな。飲食の仕事に携わる素敵な5人の「20代」。何者かになるための大切で愛おしいそれぞれの助走期間を赤裸々に語ってもらいました。

第4回は、女性として働けるまでなんと13年間。接客業を経てS1サーバー全国大会準優勝を果たし、現在は接客コンサルタントとして活躍。「性同一性障害」という生きづらさをバネに輝く、伊藤 愛子さんが登場です。

伊藤 愛子
接客コンサルタント

1977年生まれ、埼玉県出身。20代のときに300社以上ものアルバイト面接を受け、そのほとんどがニューハーフという理由で不合格に。その後、自殺未遂をするまでに追い込まれるも、まるで啓示のような縁にも恵まれ、見事、塚田農場に合格。現在は、男は度胸、女は愛嬌、ニューハーフは最強!をモットーに、独自の視点をいかして接客コンサルタントとしてセミナーを開催している。



神童から落ちこぼれへ転落。挫折が人生を狂わせる……

 

「はじめまして」の挨拶を交わしてから、「ありがとうございました」と撮影が終わってお礼を言うまで、終始屈託のない笑顔を見せてくれていた、伊藤さん。明るい口調で話し、小柄で色白……ともすると、ニューハーフだということなど忘れてしまうほど。しかし彼女の人生はその笑顔からは想像もつかないほど波乱万丈だった。それはまだ、彼女が彼だったときのこと。

「こう見えて、小学生のころは英才教育を受けていて、神童と呼ばれていたんです(笑)。でも、油断して中学受験に失敗。12歳ではじめて挫折というものを味わってから、人生は狂い始めました」


 第一志望と第二志望の中学に落ちた伊藤さんは、第三志望のすべりどめ校に通うことになるが、12年間いい子でい続けた反動なのか成績は急降下。一気に落ちこぼれへの道をたどることになる。

「高校までは普通の男の子だった……と言いたいんですけど、男子校で女の子がそばにいなかったから、恋愛対象が女の子じゃないことに気づくのが遅かったんです。アイドルのグラビアを見ても、絵を見ている感覚で(笑)。みんなにおかしいと言われて、違和感を覚えはじめてはいました」


 高校卒業後に、大好きなミュージカルの専門学校に通いだし、20歳ではじめての彼女ができた伊藤さん。しかし、その関係は戸惑いだらけだった。

「彼女と話しているのは楽しかったけど、それ以上のことをしたいとは思わなかった。キスしてもなんか心の中がモヤモヤして、そこではっきりと確信したんです。そうか、自分は女の子が好きじゃない、自分は性同一性障害なんだって……」

 

ここから、伊藤さんは女性として生きることを決意。家族や友達にカミングアウトをすることもなく、独学でメイクをして、女性として雇ってもらえるアルバイト先を探すのだが……。

「履歴書に性同一性障害のことを書いていたからか、面接すらしてくれない会社がほとんど。面接をしてくれても30分間ずっと説教されて、あげくに履歴書を破り捨てられ、『拾って帰れ!』と言われたり、とにかくひどい扱いばかりでした」


 女性として働けるまで伊藤さんが費やした時間は、13年間だった。その間にも男性としてのアルバイトを継続しながら、なんと接客コンテストで3位に入賞する。

「入賞したことで、接客の楽しさに目覚めていきました。のちに女性としても接客コンテストで入賞するんですけど、ひとりで男女の接客コンテストに入賞したのは日本で私だけじゃないかな(笑)」


 今となっては楽しく語る伊藤さんだが、13年間という時間はとてつもなく長い時間で、言葉にするのも辛い仕打ちばかりをされ続けた彼女は闇の中に落ちていく。




普通という概念に負けた30歳。闇の中にひとすじの光がさす


 男性として接客コンテストに入賞してから、接客の楽しさに目覚めた伊藤さんだったが、その一方で自分の生き方や存在意義が分からなくなり、男性として生きることがどんどん辛くなる。そんなとき、弟が結婚して、家族を持つことになった。

「どうやって生きたらいいのか分からないまま30歳が目前にまでやってきて、ダメ押しで弟が普通に結婚していく姿を見たとき、あぁ、普通の幸せは私には手に入らないんだなって実感したんです。普通ってなんなのか答えも分からないまま、普通という概念に負けた……」


 弟の結婚、面接の不合格……生き方を見失った伊藤さんは、自分の個性がコンプレックスとなっていた。そして、すべては過去のせいだと思い始めたと言う。あのときああだったから、こうだったから、自分は性同一性障害になったのだ……頭の中は闇でいっぱいになる。そして、ひとつの決断をする。生きることから逃げる決断を……。

「有り金を全部持って、札幌のホテルを1ヶ月ぐらい借りたんです。そのとき北海道が好きだったから、そこで死のうと思って。実家の自分の部屋は整理して、家族に遺書も残していました。そして、ホテルの部屋で首をつったんですが、意識は失ったものの、目を覚ましたんです。そしたら、そこには切れたロープがあって……。北海道でたらふく好きなものを食べていたので、体重が重くなってたんでしょうね。最後に食べたいくら丼が私を救ってくれたのかもしれない(笑)」


 そのとき携帯電話は遺書を読んだ父と母からの着信と留守電でいっぱいだった。しかし、闇に飲みこまれた伊藤さんにその声は響かなかった。

「悪い流れのときにSOSをださないと闇に飲みこまれて、そのまま底までいくと誰の助けも届かなくなってしまう。自殺をする人のほとんどがそんな感覚だと思うので、SOSをだす勇気と気づく思いやりが必要だと思いました」


 とりあえず実家に戻った伊藤さんは、再度ミュージカルの専門学校に入る。自殺未遂の件は伏せていたが、半年ほどして歌の先生に「あなたの居場所はここじゃない、何があったか知らないけど、本当にやりたい道に進まないとまた同じことするよ」と断言される。その言葉は衝撃と共に深く彼女の心にささり、もう一度だけ女性として生きてみようという覚悟を与えた。

「ラストチャンスのつもりでした。当時流行っていたミクシィの女子会コミュニティを通じてできた友達が支えになってくれて、がんばることができたんです」


 そしてついに、伊藤さんは塚田農場のアルバイトに女性として採用されることになる。それは33歳の夏のことだった。

「エリアマネージャーの方が全責任を負うから雇うとまで言ってくれて、本当にありがたかった。念願の採用だったけど、気持ちはうれしさと驚きが半分ずつで、それと同時に恐怖もこみあげてきました。今まで面接で散々嫌な思いをしてきたので、働いたら働いたで同じような思いをするんじゃないかって……」




過去があったから今がある。普通じゃなくて、よかった


だが、そんな心配は全く不要だった。

「女子更衣室で着替えると、女の子たちは嫌がるかなって不安に思っていたら、向こうから『愛ちゃん、一緒に行こうよ』って誘ってくれたんです。何もかまえずに目の前で着替えてくれたことが凄くうれしかった」


 働く仲間にも恵まれ、やっと家族にもカミングアウトすることができた伊藤さんは、ようやく女性として認められる環境を手にした。仕事面では、以前出場したS1グランプリ入賞の実力もあり、35歳にして教育担当を任されるまでになる。そして、ある新人を教育するために投げかけた言葉が自分につきささる。

「あまりにも反抗する子だったので〝自分が心を開かなかったら、相手も開かないよ!〟って、つい怒鳴っちゃったんです。そしたら、その言葉がまんま自分に返ってきて。私はニューハーフだから嫌われているんじゃなくて、ニューハーフの自分を自分が好きじゃないからうまくいかないんだ……って気づかされたんです」


 自分を好きになれない人を他人が愛するわけがない。では、自分を好きになるためにはどうしたらいいのか。伊藤さんの答えは〝過去を認める〟だった。

「自殺未遂したことも含めて、自分の過去と向きあったんです。結論としては、この人生だったからこそ、今出会えている人がいるということ。そのことにまず感謝したいと思えたし、自分を好きになってからは嫌われる覚悟を持つこともできました」


 その後、S1サーバーグランプリの全国大会で準優勝までのぼりつめた伊藤さん。その1ヶ月後から、セミナーのオファーが舞い込んでくる。

「40歳を手前にしてセミナーも増えてきて、先のことを悩んでいたら、私を塚田農場に雇ってくれた人が『辞めてセミナーに専念しろ』と言ってくれたんです。もちろん不安はありましたが、前に進むために塚田農場を辞めて、セミナーに力を入れることにしました」


 現在は、セミナーとOJT(現場研修)の仕事をやりがいにしている伊藤さんだが、ここまでに至るには大きな壁がたくさんあった。だけど彼女には昔から変わらないことがある。

「人が好きなこと。たくさん人に傷つけられたけど、救ってくれたのも人でした。出会いは人生を変えるので、私もセミナーを通して、誰かの救いになれたらうれしい」


 最後に、いろいろな体験を乗りこえてきた伊藤さんが飲食業界を目指す若者に贈るメッセージを聞いてみた。

「どの仕事も正直辛い! ただ、飲食の仕事は普通とは違う辛さだから辛いとまわりが勝手に思っているだけで、実際に飲食業界で働いている人はあまり辛いって思ってないんです。つまり、普通は世の中の多いか少ないかの話であって、正しいか間違っているかの話ではないってこと。それに飲食の仕事は目の前でお客様にありがとうと言ってもらえる、数少ないお仕事。普通じゃない体験ができるからこそ、飲食で働くと普通じゃない自分になれる。普通じゃないことを楽しめると思って、挑んでほしいです。私自身、普通じゃないと周りに言われながら回り道をたくさんしてきましたが、飲食業界で働いたからこそ35歳をすぎてやっと人生が楽しくなってきたんです(笑)。学生のみなさんももしコンプレックスがあるならそれを個性に変えて、転ぶことを恐れずに立ち上がり方を覚えて、自分らしく生きてください。私はこれからも夢を持つ若者を応援しつづけます!」


40代の今なにしてる?

男性の強さと女性の優しさを兼ね備え「男は度胸・女は愛嬌・ニューハーフは最強!」を自負し、接客セミナー・恋愛セミナー・人生セミナーの講師として日々日本中を駆け巡っている。

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