ミライを決めるのはイマの自分。今を一生懸命に生きることが重要なこの年代。
明日を夢見てこの業界に挑む、ミライの一流飲食人は今何をしているのだろう。
駒場 樹(23)
1994年生まれ、愛知県出身。幼少期から料理が好きで、高校2年のときに飲食業界に進むことを決意。高校卒業後は、料理の専門学校に2年間通う。2013年、株式会社 ノバレーゼに就職。鎌倉と千葉の結婚式場を経て、2016年六本木のJean-Georges Tokyoに勤務。日々、シェフを目指し奮闘中。
30才までに自分の店を持つ
その夢に向かって、進むだけ
「物心がついたときから、母親のとなりで台所に立っている……そんな子でした」
そんな駒場くんは、23才になった今、六本木の一つ星レストラン〝ジャン・ジョルジュ東京〟で調理場に立っている。
「学生時代はサッカー少年だったんですが、家で料理をつくって家族にふるまうのが大好きでした。パスタやシチューなど、簡単な料理ばかりだったけど、おいしい! とみんなが言ってくれるのがとにかくうれしかった」
その気持ちはどんどんと大きくなり、彼が高校2年で進路を決めるとき、ひとつの原動力として姿を変えていった。
「料理の道を進む……と、高2で意志は固まっていました。だから、料理の専門学校に進み、名古屋の葵モノリスでアルバイトをはじめたんです。そこからは洋食をもっと極めたいという気持ちが強くなりましたね」
専門学校を卒業した駒場くんは、葵モノリスを運営している株式会社 ノバレーゼにそのまま就職。鎌倉と千葉を経て、昨年から勤務地は六本木になった。愛知で育った彼の目に〝ジャン・ジョルジュ東京〟はどのように映ったのか……。
「東京のど真ん中で、ほぼ毎日ランチとディナーのあるレストランで働くというのはプレッシャーでしたね。でもそれ以上に、やりがいがありました。最初は、なにもかもが通用しなくて葛藤する日々が続きましたけど」
だからこそ、なにかを変えたい……と考えた駒場くんは料理人のコンクールに出場することを決意する。約450人が参加するコンクールで、書類審査が通るのは50人のみ。
「コンセプトに対するメニューを最初に考えるんですけど、自分の知識では足りないことがたくさんありました。そのため、コンテスト受賞歴のある先輩に相談したり、本やネットで調べたり、自分ができることは全部やりました。料理のコンセプトを指定の文字数でいかに審査員にアピールできるかも合否に関わるので、文章も試行錯誤しながら何度も書き直しました」
必死に努力はしたものの、残念ながら駒場くんは落選。しかし、コンクールに参加したことから得たものもあったと話す。
「自分の足りないところが再確認できて良かったと思いました。そして、もっとがんばろうと前向きに落選を受け取ることができたので、来年も再来年も入賞するまで受け続けるつもりです。コンクールでの入賞は、料理人にとって一番分かりやすい結果だと思うので、結果がついてくるまで受けないと意味がないんです!」
目をキラキラと輝かせながら、今の仕事やコンクールのことについて話す、駒場くん。今、彼を突き動かしているものは一体……?
「夢です! 僕は、高校時代の友人と一緒に30才までに地元でお店をだす、という夢があるんです。僕の地元にはフレンチとかビストロのお店があまりないので、できたら僕らのお店が人気一号店になって、お世話になった人たちに料理をつくって食べてもらいたい。この夢があるからこそ、大変なことがあっても気持ちがブレることはないし、今はいろんな技術を吸収したいんです」
今の自分は料理人としてまだ40点、と辛口な評価を下す駒場くんが、いつか100点の実力で自分のお店を持つ…そんな未来が楽しみである。
Jean-Georges Tokyo
☎03・5412・7115
東京都港区六本木6-12-4
六本木のけやき坂通りに店を構える、格式高いフレンチレストラン。1Fは割烹スタイルのカウンターで、2Fは隠れ家のような落ち着いたテーブル席。テラス席も有。
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